7月のある夕方のことだ。
喉が渇き、炭酸飲料が飲みたくなった私は、ふと「CCレモンって最近飲んでないな」と思ってサントリーのホームページを見てみた。
CCレモンにはいろんな種類が出ていることを知った。まあ確かに言われてみればこういう変わり種も定期的に見かけていたな、という感じである。しかし私の好みの傾向は往々にしてスタンダードタイプであるため、その後スーパーに行って買ったものは結局普通のこれだった。
やはり美味かった。レモン味の酸っぱさと強すぎない炭酸がたまらない。あっという間に飲み切ってしまった。
翌日、CCレモンの余韻を引きずっていた私は夜の散歩の時に自販機でCCレモンを買うことを決めた。CCレモンが売られている自販機は2ヶ所把握していたが、片方の自販機がある付近はこの時期アズマヒキガエルが頻出するため、それを避けるべくもう片方の自販機がある方へと進んだ。
すると、そこにはCCレモンがあった。嬉しい。表示されているように自販機専用サイズである。スーパーで買った500mlサイズよりは小さい430mlだが、散歩しながら飲む分にはむしろこのぐらいの量でいいだろう。小ぶりなぶん、なんだかいつもよりキャッチーな気配すら感じる。
飲んだ。うれしい!おいしい!と思う反面、なんか思ったほどじゃないなという感覚もあり、拍子抜けした。流石に2日連続で飲むと飽きが生じて感動も薄まるのだろうか。少しずつ飲みながら家に帰った。
帰宅後、再びCCレモンのホームページを見た。
サイズ一覧にも「自動販売機用」として430mlサイズが紹介されている。
ここで私は強烈な違和感を抱いた。自販機限定サイズ430mlペットボトルにレモン何個分のビタミンCが含まれているか、という表記に注目する。
34個分だ。
私がさっき飲んだこれにはレモン何個分のビタミンCが含まれているのか……
43個分である!
数字が似ているだけに誤植の可能性も疑ったが、栄養表示の欄を見てもしっかりとビタミンCの含有量が異なっている。
左:ホームページの栄養成分表示
右:私が自販機で買ったやつの栄養成分表示
私が飲んだものは「CCレモン」というスタンダードな名を冠していながらも、ホームページで見ているこれとは似て非なる商品なのだ。飲んだ時に感じた「思ったほどじゃない」という感想の正体は、「昨日飲んだやつの味と違う」という由緒正しき違和感だったのだろう。ということはこのバージョンの商品紹介ページもあるものだろうと思い調べてみたが、なんとどこにも確認することができない。とりあえず私は「ホームページで紹介されているバージョンの自販機限定サイズ」を現物で確認したくなった。
再び家を出て、CCレモンが売られているもう一つの自販機に向かう。ただ、そっちの自販機のCCレモンに含まれているビタミンCの量がレモン34個分か43個分かは把握していないので、行ったとて結局さっきのと同じものに出会う可能性はある。そしてアズマヒキガエルに遭遇する可能性がある。しかしそういったリスクを負ってでも、もう一つの現物を見たくなっていた。
カエルが特に多そうな湿った地帯を遠回りしつつ、なんとか無事自販機にたどり着いた。そこにあったのは……
自販機限定430mlサイズ、ビタミンCレモン34個分!
それは私が求めていたものであった。
かくして2種類の自販機限定CCレモンを手に入れたわけだが、これらの実物を比較する前に、自販機にディスプレイされている見本および自販機本体から考察したい点がいくつかある。
右が今回問題となっている正体不明の商品を買った自販機の見本だが、そのラベル上部には赤い字で「Vitamin」と書かれている。これはホームページ準拠の商品だけでなく、右の自販機で買った商品自体にも書かれていない。しかし「ビタミンCレモン43個分」といった表示は一致しているため、この「Vitamin C.C.Lemon」という表記は右の自販機で買った正体不明のCCレモンの商品名を表す単語かもしれない。
また、販売される自販機自体にも注目したい。
これはホームページに準拠した商品が売られている方の自販機である。全体的につやつやてかてかとした新しい雰囲気が漂っていないだろうか。
一方、正体不明のCCレモンが売られている自販機はどういったものかというと……
この感じなのである。くすんでいて、すこし古いのだ。右の自販機は散歩をしていて新たに見つけたもので、正体不明の350ml缶バージョンが売られていた。上部にある「全品100円」が手書きであることも剥がれかけたガムテープも古さを表している。
「100円」を強調するシールも袈裟斬りになっている。古い。そしてやはり缶のタイプでも見本には「Vitamin」の文字がある。
これらのことから仮説がひとつ立てられる。「正体不明のCCレモンは『Vitamin C.C.Lemon』というCCレモンの亜種としてかつては主力で販売されていた商品であり、現在はラベルデザインを変えつつ生産を縮小されている商品である」というものだ。しかし、もしそうだとしても謎なのは、この商品が公式ホームページの商品情報に名を連ねていないことである。
さて、実物を比較してみる。正体不明の方は一度飲み干してしまったため改めて購入した。
左がホームページ準拠のもの、右が正体不明のものである。こうして並べると実によく似ているが、異なる点はたしかに存在するので挙げていく。
ホームページ準拠の方では、レモンの陰影や点々が表現されていたり水滴が輝いているなどディテールが多い印象がある。しかし、レモンや水滴等のこの程度のデザインの違いに関しては、商品のアイデンティティを裏付けるほどの情報的価値があるとは考えにくいため今回は触れずにいく。
注目したいのは成分の違いだ。
加糖ぶどう糖液糖の国内製造表記に関しては、平成29年9月に新たな食品表示法の制度が制定されたことが関係しているだろう。新たな制度では「加工食品の原材料のうち一番多いものの原産地(製造地)」の表示が義務付けられている。現在は移行期間で、令和4年の3月31日までに完全に対応する必要がある。それを踏まえると、ホームページ準拠の成分表示欄は平成29年9月以降に作られ、正体不明の成分表示欄は平成29年9月以前に作られた可能性が高い。なお2年後も正体不明の成分表示をこのままにしておくとサントリーは1億円以下の罰金を払うことになるので、これからも販売するならば新しい食品表示法に対応する必要がある。
また、ホームページ準拠のものでは香料の含有量がビタミンCの含有量を上回っている。私はホームページ準拠のものの方が美味いと感じていたため、正体を突き止めるための情報であるかは分からないがこれは意味のある違いだ。
以上が目についた相違点とそれに基づく考察である。ちなみに賞味期限は、上記の画像に映っている2本で比べると正体不明の方が50日早い。
次に共通点を挙げていく。共通点はまさしく共通しているのだから比較のしようが無いじゃないかと思っていたのだが、なんとここで驚くべき発見があった。
共通点にはボトルの形状やキャップに印刷されているロゴなどがあったが、相違点と同様にこういったデザインの違いからはあえて考察しない。なんといっても注目すべきは「バーコードの数字」である。これが両タイプにおいて一致していた。
バーコードの数字はJANコードといって、商品を識別するための番号である。同じメーカーのものであってもそれが異なる商品であればJANコードも異なるものが与えられる。(参照:一般財団法人流通システム開発センター)
しかしこの2つのCCレモンに与えられているJANコードは完全に一致している。つまり、この2つのCCレモンは戸籍上同じCCレモンだということになるのだ。……あれ?
双子のような別人だと認識していた存在が、急に1人になってしまった。虚を突かれた。ニッチローが突然「イチロー」に改名するかのような不気味さがある。
とりあえず、現物を比較して分かったことは以下の通りだ。
・賞味期限や食品表示法への対応から、ホームページ準拠のCCレモンは正体不明のCCレモンより新しい時期に開発・製造・発売された可能性が高い。
・正体不明のCCレモンは、新しい食品表示法に対応していない。
・これら2種類のCCレモンは商品識別番号上、同じ商品である。
これらの情報から導き出される答えとは?
答えとは……!?
なんなんだ……!?
よくわからないのでサントリーに問い合わせることにした。
以下、質問部分である。
自動販売機で販売されている「C.C.Lemon」430mlに関して質問がございます。
こちらの商品は販売されているところによって100mlあたりのビタミンC含有量が160mgの商品と200mgの2種類があり、公式ホームページでは160mgの方の商品紹介しか存在しないのですが、
一.200mgの方はどういった位置付けの商品なのでしょうか。
二.200mgの方は現在生産されている限りで販売終了という状況にあるのでしょうか。
三.各自動販売機ごとにどちらの商品を販売するか、基準はあるのでしょうか(私の印象では比較的古い自動販売機で200mgの方が販売されているため、ラインナップを新たにする自動販売機で200mgの方が販売されることはないのかなと考えております)。
一の質問では、できるだけ答えを決めつけないようできるだけザックリとした内容にした。二の質問では、正体不明のCCレモンが新しい食品表示法に対応していないことに基づいてあえて突き放すような内容にした。三の質問では、正体不明のCCレモンがこれからも販売され続けるとしたらどういったところで売られていくかが気になったためこのような内容にした。括弧内では完全に余計な予想を披露してしまっているが、これは私の欲が抑えられなかった。
あとは答えを待つばかりである。
答えを待つ間もCCレモンへの意識が高まってしまっていたので、いろんな種類のCCレモンを買い揃えてみた。
8リットル以上ある。念のためと思って同じものを2種類買ったりしている。この夏はもう他の炭酸飲料を買う気分にならないんじゃないか。こんなことをしていたら8月分の家賃が少し足りなくなった。ただ、これだけ買っても手に入らなかったものがある。それはホームページ準拠の350ml缶だ。そんなに珍しいものである気はしなかったが、案外見つからなかった。画像にある缶はすべて正体不明の方なのだ。
私の推測ではホームページ準拠のものは比較的新しい自販機で売られるから、ホームページ準拠の350ml缶はもっとも先端をいく自販機で売られていると思う。ではその自販機はどこにあるのかと考えた。
やっぱり本社のお膝元が一番だろうということで、サントリーフーズ株式会社がある京橋に来た。本社に一番近いサントリーの自販機を見つければホームページ準拠のCCレモン350ml缶も見つかるはずだ。
自販機を探す前にとりあえずこのビルに入っている店を見てみることにした。本社と同じ建物内の店となればきっとCCレモンの品揃えも豊かだろう。
ウエルシア、ナチュラルローソン、暗いローソンがあった。全てチェックしたが、ウエルシアにはスーパーCCレモンのみ、暗いローソンには丸絞りCCレモンソルティのみ、ナチュラルローソンには関連商品が1つも無かった。スタンダードなCCレモンはどこにも置かれていない。こんなものか。
建物を出て、自販機を探すことにした。サントリーフーズ本社にもっとも近い自販機は、果たしてサントリーのものなのか……!?
あれが一番近い自販機だ……
コカコーラだった。こんなものである。
残念ながらサントリーフーズ本社から一番近い自販機はサントリーではなかったが、サントリーフーズから一番近いサントリーの自販機は見つけることができた。ここにホームページ準拠のCCレモン350ml缶はあるのか!?
ドキドキ……
無い! 缶はおろか、CCレモン自体が無かった。
肩を落としながら近辺の自販機を探したが、最終的に見つかった8台のサントリー自販機のうち、そもそもCCレモンが販売されていたのは2台で、350ml缶はどこにも売られていなかった。しかも販売されていたCCレモンは両方とも正体不明の430mlペットである。推測がことごとく外れたし、今後勢力を落としていくとも考えられている正体不明のCCレモンが本社の最寄りでいまだ幅をきかせていることには驚いた。
ちなみに今回京橋近辺を歩き回って計76台の自販機を見つけたので、会社別の台数ランキングを発表しようと思う。
一位:コカコーラ(13台)
アサヒ飲料(同上)
三位:キリン(12台)
四位:伊藤園(10台)
五位:サントリー(8台)
六位:ポッカサッポロ(5台)
七位:ダイドー(4台)
八位:ツーダウン(3台)
九位:スーパーショップ(2台)
十位:ジャパンビバレッジ、大塚製薬(ともに1台)
その他無名自販機が4台
サントリーは五位だ。京橋にはガッカリである。
そんな日々を過ごしていたら、ある日の昼にサントリーから問い合わせの返事が来た。新着メールのタイトルに「サントリー」という文字が見えた瞬間、心臓が高鳴った。期待と未知への恐怖が混ざった感情でメールを開くと、そこには明快な真実があった。
(なお、サントリーお客様センターへの問い合わせに対する返事は「一部転載、全部転載、二次利用」いずれも避けるよう明記されていますが、今回に関しては特別に掲載の許可をいただけたので、ご紹介させていただきます。ありがとうございます。)
以下が私の質問とそれに対する回答だ。
自動販売機で販売されている「C.C.Lemon」430mlに関して質問がございます。
こちらの商品は販売されているところによって100mlあたりのビタミンC含有量が160mgの商品と200mgの2種類があり、公式ホームページでは160mgの方の商品紹介しか存在しないのですが、
一.200mgの方はどういった位置付けの商品なのでしょうか。
二.200mgの方は現在生産されている限りで販売終了という状況にあるのでしょうか。
三.各自動販売機ごとにどちらの商品を販売するか、基準はあるのでしょうか(私の印象では比較的古い自動販売機で200mgの方が販売されているため、ラインナップを新たにする自動販売機で200mgの方が販売されることはないのかなと考えております)。
質問1:100mlあたりのビタミンC含有量が160mgの商品と200mgの2種類があり、公式ホームページでは160mgの方の商品紹介しか存在しないのですが、200mgの方はどういった位置付けの商品なのでしょうか。
回答:本商品は、2020年6月23日より中味やパッケージをリニューアルいたしました。ビタミンC含有量が200mgの商品は、リニューアル前の商品となります。ビタミンCの量を160mgに調整することで「後口のすっきりさ」を実現しました。レモンの酸味を引き立たせ、甘味と酸味のバランスが取れた、後切れのよい香味設計にいたしました。
質問2:200mgの方は現在生産されている限りで販売終了という状況にあるのでしょうか。
回答:仰せのとおり、在庫がなくなり次第、販売が終了となります。
質問3:各自動販売機ごとにどちらの商品を販売するか、基準はあるのでしょうか(私の印象では比較的古い自動販売機で200mgの方が販売されているため、ラインナップを新たにする自動販売機で200mgの方が販売されることはないのかなと考えております)
回答:仰せのとおり、現行品の在庫がなくなり次第、順次切替出荷となっておりますが、各自動販売機ごとに切り替えの時期がずれることがございます。
いかがだろうか……。
CCレモンは、先月リニューアルしたのだ……。正体不明のCCレモンは一世代前のCCレモンだったということが明らかになった。「まあ大体そんなことだろうと思っていたよ」という方も少なくないだろうが、これが案外大きなニュースかもしれない。
「CCレモン リニューアル」で検索してみるとサントリーはこれまでCCレモンのリニューアル時にホームページでニュースリリースを出していることがわかる。現在確認できるのは2012年、2013年、2019年のものだ。その中でも2013年では、今回と同様にビタミンC含有量の調整が行われている。なんとそれ以前は「500mlペットボトルにつきレモン70個分のビタミンC」が含まれていた。それが2013年のリニューアルで「500mlペットボトルにつきレモン50個分のビタミンC」になり、そして今回2020年のリニューアルで「500mlペットボトルにつきレモン40個分のビタミンC」になったのだ。これは明らかに大きな転換点ではないだろうか。それにもかかわらずサントリーはニュースリリースを出していない。なぜだ。
冒頭でも述べたように、私は2020年リニューアル後のCCレモンを飲んだ翌日に一世代前のCCレモンを飲み、刹那、物足りなさを感じたのだ。これは新世代のCCレモンが明らかに美味くなっているということである。こんな良いことはもっと広く知らしめた方がいい。なぜニュースリリースを出さないのか。TwitterのCCレモン公式アカウントでも全く触れていないじゃないか。ビタミンCの含有量が減っていることが後ろめたいのだろうか。そんなことは気にしないでいいと思う。美味いんだし。そもそもレモン1個食べるのさえすっぱくて大変なんだから、40個分でも34個分でも、それだけ入っていたら御の字だ。
話をまとめる。
私が自販機で購入し、気まぐれでサントリーのホームページを見たところその詳細が記されていなかった正体不明のCCレモンは、2013年から2020年6月まで製造されていた一世代前のCCレモンであった。私はその世代交代の瞬間にたまたま2種類のCCレモンを飲み、情報のズレに混乱してしまっただけということだ。私が自販機で出会ったCCレモンは、新しい食品表示法の制度に対応するまでもなく、やがてこの世界から消えていく。しかしそれは悲しいことではない。なぜならば新世代のCCレモンの方が明らかに美味しいからだ。今日までCCレモンの歴史を支えてくれた一世代前のCCレモンに感謝しつつ、これからのCCレモンを味わっていこうと思う。
これを読んでくださったあなたも、もし興味があれば早いうちに1世代前のCCレモンを探して飲んでみることをおすすめする。さらに美味くなった新時代のCCレモンを味わうための心構えになるかもしれない。
長い文章を読んでいただきありがとう。
以下は、CCレモンと自動販売機に関する余談である。
サントリーから問い合わせの返事をもらい、真相を知った日の夜、私は西早稲田の「松の湯」という銭湯に行った。ここはいくつか思い出のあるところなのだが、7月いっぱいで閉業してしまうということで最後にもう一度行くことにしたのだ。
靴を脱ぎ、460円を払い、男湯に進んだ。するとそこには1台の自動販売機があった。まず側面が見えた。今の私は自販機に敏感になっているから、どこの会社かをまず確認した。大塚製薬のものである。大塚製薬といえばポカリスエットだ。最近ではイオンウォーターにも力を入れている。汗をかく銭湯やサウナとはたしかに良い相性だ。
たしかにたしかにと思いながら正面から自販機を見て、私は声を出しそうになった。下段の一番左に、CCレモンの350ml缶があったのである。大塚製薬の自販機であろうとこういうこともあるのだな、と驚くのも束の間、その缶の見本に書かれた言葉を見て驚きの第二波がきた。
「レモン50個分のビタミンC」
その缶にはこう書かれていたのだ。これは新世代のCCレモンでも、一世代前のCCレモンでもない。二世代前のCCレモンである。2013年のリニューアルで世代交代を果たしたはずの世代だ。今を考えるとビタミン党にとってはだいぶ豪勢な時代の産物である。
興奮と動揺が抑えられなかったが、銭湯に来たばかりのやつがいきなり自販機の前で立ち尽くしていたらやばいなということには気づけたので、とりあえず服を脱ぎ浴場に入った。
身体を洗いながら、湯船に浸かりながら、考えた。
あの缶の見本はどうして今まで生き残っていたのだろうか。あの見本には「Super VitaminC」とも書かれており、このデザインはおそらく2012年のリニューアル以降のものだ。そこから1年後にはビタミンCの含有量が変わる大きなリニューアルを迎えることになるため、製造の期間を考えると長寿のデザインとは言えないだろう。それでもいま2020年にこうして残っている。東京都心でこんな例があるのだから、日本全国を見ればそれなりの数はあるだろう。さらに前のデザインの見本だって見つかるかもしれない。思えば、正体不明としていた一世代前の見本にあった「Vitamin C.C.Lemon」という表記は固有の商品名ではなくデザインのひとつに過ぎなかったのだなあ。
古いデザインの見本がなぜ残っているのか。その理由は分からない。室内であるがゆえに紫外線の影響が薄く、劣化も少ないため交換される必要がなかったのかもしれない。あるいは、この2012年のデザインはその後の世代と比べてだいぶマットなものだから特有のファンがいて、2013年のリニューアルでサントリーがよかれと思ってきらめかせたラベルに対して「ちょっとケバいよね」と言って前モデルの続投を決断したのかもしれない。あるいは大塚製薬の自販機だから新しい見本の交換を忘れられていたのかもしれない。
普通のスーパーやコンビニでは、買いたいものを直接手に取ってお金を払い自分のものにする。しかし自動販売機では1つの見本をたよりに商品購入ボタンを押し、出てきた商品を自分のものにするわけで、その見本はそこに残り続け、基本的に交換される必要はないからある程度の期間その場で商品の代表を務めることになる。ただ、商品ごとにその任期は異なっており、10年以上その座を守るものもあれば1年以内で戦力外通告を受けるものもあるだろう。こういう歴史が自動販売機の見本ひとつひとつにあるのだ。
自動販売機とは露出した地層のようなものであると思った。
風呂からあがり、さっきの自販機でCCレモンを買ってみた。すると、レモン35個分のビタミンCを含んだ一世代前のCCレモンが出てきた。見本には「レモン50個分のビタミンC」と書いてあるので、これは嘘の商品である。もちろん怒ってなどはいない。むしろ「最新世代のCCレモンを出したらさすがにズレが大きすぎるから」と気を遣って意図的に一世代前のものを出しているとしたら面白いと感じた。しかしよく考えればこの自販機は2013年のリニューアル以降約7年間、嘘をつき続けたということだ。罪なやつめ。しかしそんな大罪ももう時効だ。あなたがこの文章を読んでいる今、松の湯は無くなっているからである。
ともあれCCレモンや自動販売機のことを考え続けた数週間だった。目下の課題は8リットルを超えるCCレモンを飽きずに飲みきることだ。幸いにもCCレモンにはいろいろな種類があるし、世代差を楽しむこともできる。そして関東でもようやく梅雨明けの兆しが見えてきた。CCレモンをより美味しく感じられる季節が来る。うれしい!