自転車を漕いでいた。
大きめの交差点で信号待ちをしていると、スーツ姿の女性から話しかけられた。
「お時間ありますか？ いま新人研修でアンケートを取っていて……」
もうこの時点で、何かを買わせようとする組織の手先なんだろうなと分かった。だって自転車に乗ってる最中の人にアンケートを取るのはおかしいから。常識がある人は横断歩道の手前でアンケートを求めたりしない。信号が青になったら間違いなく進み出したい人が、何を答えてくれると思うのだろうか。
ただ急ぎの用も無いし、せめてこいつらが何をしようとしてるのかだけ知ろうと思って話を聞くことにした。
「いま社会人の方を対象に、結婚に関するアンケートを取っていて……」
私は、恋愛への関心を失ったフリーターである。
「プロポーズの際にプレゼントするジュエリーについてご意見を伺いたいんですが……」
これが正体だ。つまり、なんらかの貴金属を高く買わせようって魂胆なんだろう。バカめ、私は金が無いんだ。いま乗ってる自転車だって通学用として買ってから13年乗ってるんだぞ。
その女がバインダーに挟んで出したアンケート用紙には名前と住所を記入する欄があった。ただのアンケートであれば明らかに不必要なはずのそれらを確認したのち、青に変わった信号と700円の腕時計を交互にチラ見して「すいません時間が……」と言って立ち去った。
あれは他人の純粋さと優しさに頼る商売だ。
稀有な心を持つ者こそが騙され、やがて傷つくことになるので、結論としてはやらない方がいい。
ああいう商売は、やめよう！
