2023年5月31日 近況の夏、日報の夏。

5月が終わる。

例年5月末〜6月頭になるとTwitterで「もう1年の半分が終わったのか……」「いや、1年の半分が終わるのは6月30日です」というやりとりを目にするものだったが、最近はめっきり見かけない。私の周りがそういう感じじゃなくなったというだけだろうか。

この日記は2年以上続いている。内容は、その日にあったことや飲食したものの記録がほとんどだ。

私が何かを書くとして、それがフィクションであることは滅多にない。ほとんどがエッセイ的なものか事実のレポートである。本当はフィクションを書いてみたいという気持ちが強くあるのだが、あまりにも不慣れで1歩目がなかなか踏み出されない。

自分の話については割と苦なく書ける。数値的目標や義務があるわけじゃないからそもそも苦しむ理由はないのだが、それにしてもある程度の期間にわたって日記を更新し続けられるほどには手を動かせる。

いつからそんな感じだったんだっけと過去を振り返ってみたら、ふと小学校のころの出来事が思い出された。

小学校5年生の夏休み。その年から新たに担任となった先生は、独自の宿題として「夏休み中に先生と4回文通すること」を課してきた。暑中見舞いを模したような課題で、こちらがハガキを出せば先生が返事を出してくれるというものだ。

多くの児童はめんどくさそうにしていたが、私はその新しさが少し気に入った。そして同級生らが乗り気でないのも相まって、自分だけは先生の意表を突いてやろうという気持ちが生まれた。

結果、夏休み中毎日、1日1枚以上のハガキを投函し続けた。何を書いたかは全く覚えていないが、その日に起きた出来事を書くのが基本だった。したがって、書くことのなさに困る日もしばしばあった。

1枚「以上」というのは、筆が乗って1日で4枚のハガキを出した日もあるからだ。その日は、ハガキ4枚の角を合わせると1つの絵が浮かび上がるように工夫していた。そのときの返事は、ちょうど先生がほかの先生たちとディズニーランドへ行った日に重なったらしく、1枚のハガキにいろんな先生からのメッセージが寄せられていて嬉しかった。

約40日の夏休みに対して投函したハガキは計50枚。その全てに対して先生は毎日返事を書いてくれた。自分も働くようになって感じるが、仕事の延長でよくそんなことやるよな。そもそも私がこんなことをしなくとも、約30人のクラスメイト×4枚=最低120枚のハガキに返事をしなきゃいけないわけで、そんな課題を自ら設定しようという決断はすごい。

6年生になっても同じ担任で、同じ課題が出されたので、前年より多い枚数を投函した。

以上、このことは多少なりとも今の性格につながってるかも、といま思い出したのだ。

なんだろう、粘着質というか、強情だよな。夏休み明けに事態を知った同級生からは怖いと思われていたかもしれない。でも私は例えば先生という人に執着していたわけではないし、何らかの得を求めていたわけじゃない。ただ定められたルールの中で、想定されていない形の出力をするのを楽しんでいた、というのが動機としては近い気がする。

今は成人しているので、あまり変なことをしていると本当に怖がられて生活に支障が出てしまうからそこそこ慎重に生きているが、大人らしくもう少し器用に考えて何かした方がいいかもしれない。その方が楽しいと思う。

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