電車に乗り、座席に座っていた。
そこまで混雑はしていないが、空席はない。
ある駅に着いたとき、仕事仲間と見られる男女2人組が乗車してきて、私の前で立ち止まった。そして片方が言った。
「たぶん○○駅で降りるだろうからここで待ってれば座れるっしょ」
○○駅は、私が降りる予定の駅だった。
そもそも乗降車人数の多い駅ではあるため、なぜ分かったのかという恐怖は感じていない。不特定多数が降車することを見込んだ上で、特に私のような風貌の人間はその駅で降りるのが妥当と判断されたのだろう。しかしそれを当人の聞こえるように言う奴は珍しい。
これで実際に○○駅に到着して、目論見通り私が降車していったら、奴らはどんな会話をするのか。
「ほらやっぱり降りたw」
「すげーねw 早速座んべw」
絶対こういう会話をする。するに決まっている。
そんなことは、断じて認められない。
お前らの都合に従った行動など、しない。
私は読んでいた本をバッグにしまい、奴らの顔を一瞥した。
そして、○○駅の一つ前の駅で立ち上がった。
この駅に用がある人は少ない。このときも私以外に降りる人はいなかった。だからこそ奴らにとって私の降車は想定外であり、迎える準備をしていなかった空席が1つだけ現れてしまったのだ。
のち、その愚かな口がまんまと開かれた。
「あっ」
「あ、座ります?」
「あー、いや、いいすよ」
「いや、私も大丈夫なんで全然」
「いやいや、座っちゃってください」
実に価値の無い会話である。座りたいからわざわざ立ち位置まで考えたのに、いざ座れるチャンスが来たら無駄に譲り合いやがって。これで結局譲った方は多少の悔しさを抱きながら1駅ぶん立つことになるんだ。
「お疲れさん。好きなだけその空っぽな謙虚さ競ってろ阿呆共」と思いながら、私は悠々とホームに出た。
そして、奴らの視界から離れたあたりで小走りに切り替え、隣の車両に飛び乗った。本当の目的地は次の駅だから。
東京には、こういう人達がひしめき合っている。