節分だから豆を食べた。
ああ、安心してください。
ペコリーノチーズはしっかり別皿で届いてますよ。
鬼だ、と思って買った。うまかった。
私にも鬼としての自覚が芽生え始めているのである。
実家から、室内に落ちている節分の豆で遊ぶ猫の動画が送られてきた。なんてことない乾いた豆に夢中でかわいい。
動物って、直接触れ合わないと全部同じに見えるかも。犬も猫も。
Twitterとかで見る、他人が飼っている犬や猫に愛着が持てない。「ネット上の動物の写真」としてしか印象に残らず、特にかわいいとも思わない。知ってるパターンだな〜と思う。この画像もう見たな〜、と。
ただ、一度でも直接遊んでいれば別の話になる。
遊ぶことで「犬や猫もこちらを認識した」という双方向性の感動体験が私の中に刻まれるから、後に写真を見ればその喜びがまた思い出されるのだ。画像が持つデータ以上の感情が生まれている。
私は実家の猫の動画を毎日繰り返し見ている。
夜、外にカニカマが落ちていた。
パッケージから剥かれて、素の状態で。
パッケージも近くに落ちていた。
元の持ち主は恵方巻きを作ろうとしたのだろうか。恵方巻きを作ろうとしたのに不慮の事故でカニカマがめちゃくちゃになったとしたら、悲しい。
でも、本当にそんな感じだとしたら、カニカマの持ち主は放置せずに処理すると思う。自力で恵方巻きを作る気持ちがある人は、それなりの責任感もあると思うから。
だから多分実際は、カニカマのことなど大切に思っていない人がふざけて買って雑に扱って、そのままにしたんだと思う。食べても食べなくてもいいや、という感じで。
それもすごく悲しい。カニカマが悲しい。
カニカマをそんな風に扱える人がいることが悲しい。カニカマを甘く見るのは間違っている。
そういや、一人暮らしを始めた1年目のときに恵方巻きを作ったことがある。正方形のでっかい海苔をそのまま使うような太巻きを5本も作ってしまい、食べきれないことが容易に分かったので、近くに住む同級生に2本あげた。
彼の家は賃貸なのに古すぎて鍵が無かった。